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(旧)木場ハイキング倶楽部              since1996     
by shiba_hike
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芝ハイキング倶楽部改め芝温泉倶楽部への危機からの脱出を図っています。その割には家内手工業的な活動に終始していますが。。      よし、今年はがんばるぞ!?
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谷川岳(最終回)

結局、起きたのは4時半。のろのろと朝飯を食べる。ラーメン、パスタ、パン、お粥とそれぞれ勝手だ。昨夜、6時に山を下りると言っていた小屋番の親父が、もう下りますよ!と言ってきた。まだ5時半だぜ。仕方なくトイレを借りに行く。トイレ使用料は一泊で百円。
テントを撤収し、出発。しかし、昨晩決めたとおり山頂を目指さずに土樽へ下りる。

出発して数分。先頭を行く管理人に異変が。
左膝がいかれてる。過去に3回あった。いずれも下山時のアクシデントだ。古傷の痛みはいき
なりやってくる(厳密には筋力の鍛錬不足だと思うが)。2回は南アルプス、1回はキナバル。そういえば、キナバル登頂前夜に麓の山小屋の階段でD作がすっころんで大怪我し、ひとりで下山したっけ。同じくすっころんだS沼は、肉襦袢のおかげで掠り傷ひとつ負わなかった。
今回は、S沼と管理人が大ブレーキとなってしまった。これで、登りを強行していたら大変な事になっていただろう。管理人の判断に拍手!

前回は雷に追い回されてながら、走るような下山だったため、景色に全く記憶がない。鉄砲水で高巻きした小さな沢を幾つも渡ったが、足止めをくらった「東俣沢出会い」にはなかなかたどり着かない。途中、後ろを振り返ると登山日和の山並みが見えた。悔しいな。
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予想の倍程の道のりを歩き、ようやく東俣沢に出る。この沢では土石流に足止めされ、水が引くまで2時間待たされた記憶だけが鮮明に残っている。でも、本日の沢は実に気持ちの良い、美味しい水が流れる最上の沢だ。
ここで、いきなりD作がズボンを脱いで洗濯を始めた。こんな大休憩は予定にない。全く勝手な男だ。仕方ないのでTシャツの洗濯もさせることにした。
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そろそろ広葉樹林帯になったので、例のカップとカラビナで作った熊鈴を鳴らしながら歩く。しかし、皆は昨日のパニックなんてすっかりどこかに行ってしまっている。
下山路をいい加減歩くと工事中の砂防ダムに出た。休憩所らしき所に清水が湧いていた。
「清水トンネルの湧き水」とある。駅でよく売っている大清水(谷川岳の名水)のまさにオリジナル。土樽駅での酒盛りに備えて汲んでいく。酒は行動力の源だ。
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道は舗装路に変わるが延々1時間も続き、ようやく土樽駅に到着。2時の越後湯沢行きまで2時間。駅前に荷を降ろし、日向にテントを干し、残った焼酎と泡盛で軽く乾杯。
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軽くとは言いながら酒は1リットル残っていました。しかし、汗をかいた体は、水分という水分を瞬時に吸収し、あっという間に発散していく。毎度のことながら、この下山直後のけだるい時間がとても美味しい。
駅の目の前は高速道路でうるさいが、低山の呑気な眺めが最高。こんな景色は一日中眺めていたい。一日だけね。
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上越線の下りに乗り、越後湯沢へ。湯沢駅構内の温泉で汗を流し、名物へぎ蕎麦を食べに。
蕎麦屋は観光客で混んでいた。天ぷら、ナメコおろし、板わさを肴に酒を呑み、最後は蕎麦を。へぎ蕎麦とは、つなぎに布海苔を使った蕎麦だ。普通の蕎麦よりもシコシコしている。
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帰りの新幹線車中でT石が、もう谷川岳は一生登れない気がしてきた、と言った。しかし、管理人は来年の夏も来ようと思う。登りも下りもロープウェイを使うのだが。
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お疲れさまでした。山頂は踏めなかったけれど、アクシデントの多い登山は記憶に残ります。キナバルのD作のように(笑)。
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# by shiba_hike | 2006-08-29 22:37

谷川岳(2)

熊との遭遇で死ぬほど走ったものだから体力の消耗も激しい。しかし、この尾根を登りきれば白樺避難小屋という小さな小屋にたどり着く。もっとも消耗の激しいS沼を置き去りにするには丁度いい物件だ。だが、本人に拒否された。
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ここから登山地図のコースタイムでは蓬峠まで1時間20分。途中の水場まで出れば後は見えたも同然だ。しかし、道が消えた。いや、消えたのではなく、踏み後の上にクマザサが覆い被さり、予想外の藪漕ぎとなった。あまりにも酷い藪なので不安になるが、良く見れば踏み後はあるし、道は上へ向かっている。こういった場合、下へ向かっているのでなければ少しは安心だ。
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突然、視界が広がり、最初の水場である沢に出た。最終の水場は小さすぎて手前へ戻って水汲みした記憶があったため、この水場で汲んでしまう。しかし、記憶の中のとはまるで光景が違う。岩の上には草や泥がへばりついており、つい最近鉄砲水か雪崩か何かがあったような様子だ。しかし、水は澄んでいるので安心。10リットルの水を汲む。
次の水場の手前ではS沼が足を滑らせ沢に滑落するところを後ろにいたT石がザックを掴んで引っ張り上げるという大業を見せた。ま、落ちても2mくらいなので、落ちた方がネタになって良かったような気もする。何故に落ちなかったか。

この先は峠までカヤトの原の気持ち良い道が続く筈であったが、ガレ場や藪漕の連続となってしまった。次の沢には、まだ雪が残っており、冷たい雪解け水だ。手を浸すと凍りつきそうなほど低温。水割り用にと水筒に汲む。
18時半。辺りは突然暗くなり初め、斜面の下方からガスが上がってきたところで、ようやく稜線に辿り着いた。

稜線は霧の中。風も強い。まずは蓬ヒュッテの厳ついオヤジに仁義(テント場の申し込みとビール購入)を切りに。
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テントは空いている場所をお好きに、ビールは売り切れ、日本酒ならあります。日本酒、本当にいらないですか?さすが新潟県人だ。
小屋番オヤジの言うことには、去年の大雨で沢が荒れたり(鉄砲水や土石流)、道が崩れたりで、道の手入れも出来ずに1年も放ってあるらしい。登山道ってのは地元の方々の管理あってのものなんだなぁ。
テント場には、すでに5張りほどの先客がいたが、3分の1も埋まっていない。我々の隣の1張り以外は全て学生のようだ。
シェラデザインの4人用テントを張るのも5年ぶりということ。T石・管理人の二人の山行が続いたここ数回は、二人用テントを使っていた。倶楽部の装備としては、4人用の他に6人用(山岳テントではない)がある。6人用は現在休部中の男がファミリーキャンプに使用している。
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風と濃霧の中でテントを設営し、さっそくミーティング(酒盛り)を始める。
S沼の足はボロボロに疲れ切っており、2度目の挑戦(というほどの物では、、)を諦めた。前回は悪天のために断念し、今回はブランクに泣かされた(というほどの物でも、、)。で、速やかにミーティングは終了した。
残雪の水場で汲んだ冷水でD作お得意の「すだち酎」を割って乾杯。ビールが無い時はこれに限る。あっというまに飲み干す。次はS沼持参の泡盛古酒。これは度数が高い。偉い!すだち酎は美味いけど度数が20度と低いので偉くない。
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酒を飲んでいるから、よくトイレ(草むらで立ちション)へ行く。外はいつしか濃霧になっていた。ヘッドライトを点灯しても殆ど何も見えない。ミルクのような霧の中、という表現を読んだことがあるが、まさにこの事。

「なんだかわかんないけどオレは大変な目にあったみたいだ!」トイレに行ったD作が何やらわめきながら帰ってきた。ヘッドライトで姿を照らすと顔からTシャツからズボンまで泥だらけ。しかも臭い!「泥沼にはまったみたいだ」じゃあない。「ドブにはまった」でしょ。なんで稜線のテント場にドブ(1m四方くらい)があるのか。しかもそのドブは我々のテントから20mも離れているのだ。何故にそんなに遠くまで用足しに行く必要があるのか。夜なのだ、テントを一歩出ればそこは巨大なトイレではないか。
[本人の希望により、証拠写真は削除しました]
S沼が貴重な水2.5リットルを犠牲にしてD作の全身洗濯を始めた。「寒いよ~」T石と私は涙を流して笑った。悪いが、笑いが止まらない。しかし、D作が履いていったのは私のサンダルだ。テメ!

疲れと酒と笑いで22時轟沈。珍しくというか初めて夕飯を食わずに寝てしまった。いつもなら、平気で2食分を平らげるというのに。山小屋のオヤジが明朝は6時に山を下りてしまうというので4時起きだ。しかし、風が異常に強くてテント全体がバタバタいっている。おまけに3人の鼾合戦がうるさくてかなわない。おそらく3時間ほどの熟睡のあとは明け方まで浅い眠りだった。

続く。
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# by shiba_hike | 2006-08-19 16:11

2006谷川岳(1)

今回のメンバーでの山行は5年ぶりか。ボルネオのキナバル登山と同じ4人組だ。T石、D作、S沼、管理人の超凸凹カルテット。
約5年前に違うメンバーで雷のためエスケープした谷川岳。今回も前回と、まるきり同じコース(一つ下の日記「山行計画」を参照)だ。

8月14日。越後湯沢まで新幹線。そこから上越線で土合まで戻る。無人駅の土合駅前には土合ハウスという山小屋らしきものが1軒あるのみ。
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1時間半ほど湯桧曽川沿いに歩いて行き、JR見張小屋に到着。
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ここで既に最年少、最重量のS沼に異変が。息は荒く、足がもたつく。5年ぶりの登山で1泊の装備はきつかったか。それとも15kgも太ってしまったのが原因か?
休憩をしていると年輩のオジサンが追いついてきた。気が付くと我々のパーティーに割り込み、4番手あたりを歩いている。休憩の時も我々と一緒に休むが、話しをするでもない。見ている地図も観光地図の様な物で、コースが心配なのか。5年ぶりのメンバーでの山行にあまり他人に割り込んで欲しくない。だいたい、このオジサンに何かあったら必然的に我々が手を貸さなければならない。偶然なら仕方がないけど。
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5年前にくらべ、道がひどく荒れている。しかも、途中には登山禁止の看板が。登山道に転がっていたので無視して進む。それにしてもガレ場もあり、酷い変わり様だ。幾つかの沢を渡るが、どうも思い出せない光景ばかりだ。
武能沢を渡って登った尾根で、鳥の異常な鳴き声。左の谷川斜面に何かの気配を感じた。熊か?ネットで明神平に熊出没の情報を得ていたので気になる。被っていた帽子を脱いでパンパンと音を出しながら進んだが、じきにその気配も消えた。気の廻しすぎだったか。しかし、装備の中に熊鈴が無かったのは痛い。中学生の時、丹沢の鍋割小屋で買った物だが、道具箱の中になかったのだ。

きつい登りの連続でS沼がバテバテになったので、ザックを降ろして大休憩。オジサンには先に行って貰う。
登山地図で現在地を確認。コースタイムでは、あと2時間くらい。行程の3分の2は来ている。S沼はへばってしゃがみ込んでいるが、戻るに戻れない地点だ。

谷側斜面の藪がざわついた気配がしたので地図から目を逸らすと、12~3m下のクマザサの中に黒い生き物を発見。熊!月の輪熊!
「おい、熊だ!」誰もが私の悪い冗談だと思ったのか、反応が遅い。私の指さす方を見て全員が確認をした。日頃の冗談癖がこういう時にマイナス方向に作用する。いわゆる、オオカミ少年あとの祭現象だ。
真っ黒い短い毛が密生していることから一目で熊と判る。何かを食べているのか、動作は鈍い。しかし、確実にこちらには気が付いている(と思う)。
「何でもいいから、でかい声を出せ!手を叩け!」これが正しい方法かどうか判らないが、とにかく数を頼んで大騒ぎの威嚇をする。
しかし、これは正しい方法ではなかった!熊は、一挙に7mくらいまで距離を詰めてきた。
「駄目だ、逃げろ~」この時ばかりは全員の行動が一致した。登山道を必死で駆け上った。下っていく奴は誰もいなかった。全力疾走は、200mなのか300mなのか。熊が追ってくる気配が無いのを確かめてようやく止まった。この勢いで行けば、30分後には小屋に着いたであろう。管理人は、ザックのベルトにくくりつけていた腕時計を紛失したことに気が付いた。20年前に2万円で買った米国製200m防水自動巻時計だ。が、拾いに行く気は全くなかった。
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この後、きつい尾根を30分ほど登った。右の方に目をやると、大きな谷を挟んだ遙か後方の山の大きな沢には、大量の残雪が白く光る雪渓となっており、下部には雪のブリッジが崩れかけているのが見える。上信越の雪は多いと言うが、この冬の雪の多さが判る眺めだ。

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シェラカップとカラビナで作った即席の熊鈴をガラガラいわせて登った。これを鳴らしていると結構安心だ。T石は携帯電話をラジオ替わりに鳴らしてS沼のサポートをしながら登った。

紙面というかメモリーの都合上、第1話はここまで。この後は続編をお待ちいただきたい。

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これは、よく似たツキノワグマ。
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# by shiba_hike | 2006-08-14 16:59

山行計画

今年の夏は山へ行けそうだ。
しかし、メンバーの都合もあってお盆休みの頭に谷川岳へ。夏山というと、7月の下旬に行くことが多かったが、今年は梅雨が長引きそうなので、かえって良かったかもしれない。
谷川岳は、5年ほど前にメンバー3人で行った。谷川岳といってもヘルメット被ってザイルを使うようなハードな岩登りではない。ハイキング倶楽部の名に恥じぬよう、安全なトレッキングだ。
湯桧曽川沿いに行き、蓬峠にテント泊。翌日、谷川岳の山頂へ向かう初心者コース。
前回は、蓬峠のテント場で明け方から雷雨。出発時刻になっても雷雲は頭上から去らず、盛んに近くに落雷(と言っても見えた訳ではないが)。太平洋と日本海の両方の天候の影響を受ける谷川岳ならではの荒天に出くわしてしまった。
雨の中テントを撤収し、ひたすら下山するが、雷が追ってくる。ジャンケンで負けてテントポールをザックにくくりつけた者は避雷針を背負っているようなものだ。
途中の小さな沢は増水し、岩がガラガラ音を立てて流れていく。いわゆる土石流だ。岩と岩がぶつかりあい、火花を散らし焦げ臭いにおいが漂う。
普段だったら石を伝って渡れるような沢だが、とても越えられる状態ではない。ここで、待つこと1時間。ようやく雨はあがるが、水は引かない。さらに1時間待ってようやく渡る。
帰りは越後湯沢駅で温泉に浸かり、死ぬほどビールを呑んで大満足の山行となったが、これまでで一番怖い目に遭った登山だった。
今年は、そのリベンジ。コースは楽なので、あとは天候の安定を祈るだけ。
台風がこなけりゃ良いが。
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# by shiba_hike | 2006-07-23 22:53

食料事情

我々の初期の食料は貧しかった。何泊しようと、大半を占めるのはインスタントラーメンだった。しかし、山行にも馴れてくると食料にも個性が出てくる(特別な事でもないかぎり、食料は個人持ちなのだ)。
自分の食料は自分で背負うため、体力のあるメンバーは、レトルトカレーでもサトウの御飯でも釜飯でも好きな物を食べられる。
管理人は、元々パスタ好きなため、食料の大半はスパゲッティが占める。パスタは典型的な乾燥食品であり、軽量化にも寄与する。最近は、スパゲッティソースを作るメーカーも増え、選択肢も多くなってきた。ソースは基本的には、バジル・トマト・ニンニクが中心。それと和風のタラコ類。クリーム系はバテた時には駄目なことがある。これをテントの中で作る物だから、美味そうな香りが充満する(あ、基本的にテント内の炊事は禁止だけど、雨の日は仕方無し)。

昔は、長いスパゲッティを半分に折って持っていったが、最近は最初から短いものを売っている(昔も短いものは売っていたが、サラダ用の細いやつだった)。
ソースも多種多様で、近所のスーパーやコンビニでも買え、山用にわざわざ買いに行かなくてもいいのが嬉しい。
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飽きた時と非常用にインスタントラーメンも一食は持っていく。かなり前にマルちゃんの天ぷら蕎麦が流行ったっけ。
初期の頃は、昼飯にも湯を沸かしてラーメンをすすっていたが、ここ数年はパンやウィダーなど、行動食が基本。パンの場合は、何故かチョコ味が人気だ。
忘れてならないのが酒。これはアルコール度数の高い物が基本。燃費が大切。たま~に、日本酒を持ってくるバカタレがいるが、甘い酒は不人気もいいところだ。
そして酒の肴の定番は、麻婆春雨。永谷園でも味の素でもどちらでも良い。これが無くては始まらないのだ。

当然、炊事用具はパスタを食べることが目的になってくる。
左の鍋は700cc。一人前茹でるのに丁度良い。500ccのガスカートリッジがピタリと入る。
フライパンは、茹でたパスタとソースを和え、そのまま食器となる。勿論、麻婆春雨もこれで。
ちょっと珍しいのは湯切り用のザル。パスタには必需品。奮発して、高いのを買った。
プラスチック製のカップは、インシュレーションが入った保温カップ。専用の蓋が欲しい。
チタンのシェラカップは取り皿にもなるが、金属臭が無いのでビールを飲むにも最適。
特筆すべきは、箸箱。昔はチタン製のフォークやスプーンのセットを使っていたが(あるテント場で紛失)、テフロン加工の炊事用具に傷は付くし、普段使っていないから使いづらいのだ。
けっこう多量の湯を沸かすため、バーナーは分離型の安定性の良い物に替えた。
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# by shiba_hike | 2006-07-17 22:28

鬼怒沼

6/2(金)が特別休暇というやつで休みだったため、6月には珍しく3連休。相変わらず倶楽部のメンバーは仕事が忙しく、まともに休みを取れる状態ではない。
で、今回も山初心者の妻との山行となった。
今回は、山と温泉を楽しもうということで、奥鬼怒温泉郷に連泊し、鬼怒沼まで登る計画となった。

6/2:蕨-北千住-鬼怒川温泉-女夫淵-日光澤温泉(泊)
6/3:日光澤-鬼怒沼-手白沢温泉(泊)
6/4:手白沢温泉-女夫淵(往路と逆)

木曜の晩の天気予報では、北関東は土曜日頃から崩れるとのこと。この一週間、まるで梅雨のような天気だから、それも覚悟で出かける。
7:00蕨の家を出るが、カラリと晴れた行楽日和。北千住で東武線「きぬ103」に乗り換え。早速、ばってらでビール!
鬼怒川温泉駅からは、栗山村営のバスと思ったら、何故か日光市営のバスに変わっていた。流行の市町村合併か?
1時間半のバス行で連れは少々乗り物酔い。新しい車両のバスはサスが上等で縦揺れが大きいのか、はたまたビールが原因か?
女夫淵からは鬼怒川上流に沿った楽しいハイキングコース。あまり早く着いてはもったいないので、小さな滝を見物したり、珍しい物を観察したりして、できるだけゆっくり歩く。
奥鬼怒温泉郷は4軒の温泉宿から成る。手前から八丁湯(去年泊まった)、加仁湯(山中に突如として現れるホテル風)、ちょっと道を外れて手白沢温泉(2年前に倶楽部のメンバーと宿泊)、一番奥にあるのが日光澤温泉で、奥鬼怒温泉郷の一番奥にある。
一日目の日光澤温泉は、秩父の甲武信小屋を大きくした感じの山小屋風の宿。ただ、全室個室だ。品の良い年輩の女性二人(恐らく姉妹)が切り盛りする、質素だが清潔感のある宿。しかも、本日の宿泊客は我々二人だけ。つまり貸し切り。温泉も宿の人は女湯を使うから、男湯と混浴の露天風呂は自由に使って良いとのこと。日頃の善行がこういう形で帰ってくるのだ。
食事前に二度も風呂に入り、囲炉裏のある座敷で夕食をいただく。中庭の大きな池で飼っているニジマスの塩焼きがメインの美味しいご飯に冷酒も進む。これでもかというほどに料理が出てくる温泉旅館に比べれば質素ではあるが、必要にして充分な食事でかえって好感が持てる。
女主人は年の頃は60前後か。頭は白髪だが顔はツルツルだ。これも温泉の効能か。常客の若い高校教師がこの春に、この宿を目指す途中で遭難死したという悲しい話しを聞いた。雪をなめてはいけない、と繰り返していた。話しでは鬼怒沼への途中、まだ多量の雪が残っているとのことだ。
二日目、朝風呂に浸かってから朝食をいただき、8時に出発する。片方のザックに行動用の装備を詰め、もう一つのザックは預かって貰う。非常に楽だ。
谷の対岸を流れ落ちる「オロオソロシの滝」展望台まで少々キツイ登りを1時間ばかり。日光澤が標高1,400m、鬼怒沼が標高2,000m、標高差600mである。ここを過ぎて暫くすると登山道に雪が現れた。踏み抜かないように注意して登る。更に進むと樹林帯に入るが、完全に雪に覆われている。今年の積雪量はそうとうなものだったのだろう。目印の赤テープを頼りに高度を上げてゆく。ここまで、誰とも出会っていない。まさにひと山貸し切り状態。
ようやく視界が開け、あと一息というところで、年輩の登山者二人とすれ違う。最後のひと登りで湿原に到着。山上の高層湿原は思ったより小さい。尾瀬のミニチュア版のようだが、池塘が47もあるそうだ。湿原は山上にあるため日当たりが良く、雪は全くなくなっていた。来た方向を振り返ると日光白根山の大きなドームが聳えていた。木道の上を伝って湿原を進むと、正面に尾瀬の燧ヶ岳が雄大な姿を現した。まだ半分ほど雪が残っており、斑の乳牛を思わせる姿だ。
小さいと言えどもこの山上の楽園は、現在貸し切り状態。空は真っ青で雲一つ無し。頭の上で鳶が一羽くるりと輪を描いている。日頃のおこないは大事だ。ほぼ一周してベンチで昼飯。宿で作ってもらった特大の握り飯をいただく。湯を沸かしてインスタントの味噌汁とコーヒーを入れていると、どこかから足音が。
湿原の入り口の方から賑やかなオジサン5人組が。そう言えば、昨日、日光澤の手前で道を聞かれたオジサングループだ。実に陽気で元気なオジサン達だ。しばらく話しをした後、我々に気を遣ってか、昼飯のため遠くのベンチへ移動していった。昼飯を食べている間に、年輩の夫婦連れと独りの中年男性が過ぎていった。そろそろ、込み合う時間?荷物をかたして出発する。さらに入り口のベンチで3人組に出会った。さっきまでくっきり見えていた白根山はガスでボンヤリとしてきた。まだ12時だが、山の景色は午前中が勝負だ。
来た道を下るが、雪は下りの方が神経を使う。スリップもあるし、勢いがついて踏み抜きもおこしやすい。途中で若いカップルと出会った。ジーンズにスニーカーだ。勿論、雨具などの装備はおろか、ザックさえ持っていない。手にペットボトルを持っているだけだ。ここまで登ってきてしまったのだ。あとは無事を祈るしかない。数年前の甲武信岳で、やはりスニーカーで登ってきてしまった高校生の二人組が、夕方に下山するというのを小屋のオヤジが許さず、衛星電話で自宅へ電話させ、無理矢理宿泊させた光景を思い出した。今日は、天気が良いから天候の急変は無いであろうが、雨でも降れば悲惨な事になることは間違いがない。本当に、私の日頃のおこないに感謝して欲しい。
気を付けていても雪を踏み抜く。疲労が感を鈍らせる。出来るだけゆっくり降りるしかない。
なんとか「オロオソロシの滝」展望台までたどり着く。ここからは雪は無いので気も楽。オジサン5人組と抜きつ抜かれつしながら無事、14:00に日光澤に到着。預けてあったザックを受け取り、今夜の宿である手白沢温泉目指して出発。
加仁湯まで戻り、手白沢への分岐に立つ。道案内の看板には、健脚コースとゆるやかな車道コースがあると描いてある。2年前の時は勿論健脚コースだったが、非常にキツイ登りだった記憶がある。しかし、妻は果敢にも車道を拒否した(偉い!)。
いきなりの階段の連続。階段といっても山のそれは丸太で作った物で、どうも歩幅と合わない。段差も大きい。最後の方には腿に手を突くくらいのきつさだ。しかし、そこを抜けるととあとはなだらかな道になり、クマザサの間の緩やかな道となる。ほどなく行くと車道と合流し、道なりに行けば手白沢温泉に到着。
この温泉は、数年前に建て替えられたので、まず建物の新しさが目を引く。第二は風呂の湯量。かけ流しを通り過ぎて、流し放題という感じ。第三は、食事の質の高さ。ちょっとしたレストラン並である。その代わり、宿泊費は高い。でも、温泉好きな友人には是非勧めたい宿だ。
まずは、温泉!ラッキーなことに、またもや貸し切り。部屋に帰り待望のビールを呑む。ビールの次は冷酒。フロントに頼むと、キンキンに冷えた四合の純米酒を従業員が運んできた。美味しいお酒はスッと喉を通っていく。あっという間に空けてしまった。
夕食を食べに食堂へ。ここでもワインをフルボトルで注文。料理はフランス風で、ニジマス料理とステーキがメイン。しかし、ここまで意地汚く呑んでしまうと、はっきり言って、何食ったんだか、どんな味だったのか、良く憶えていない。写真を見て思い出す始末。あ~勿体ない。
翌朝、朝食前にさらにひとっ風呂。イワナの甘露煮と温泉卵で充分に腹ごしらえし、いざ女夫淵へ。途中、八丁湯の売店で胡麻羊羹を買い、河原でお茶を沸かして羊羹をいただいた。実にのんびりした帰路であった。女夫淵まで空は晴天のまま。この時期、奇跡のような晴天続きだったが、鬼怒川温泉駅に着いた頃には辺りの山の頂はガスに煙ってしまっていた。
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# by shiba_hike | 2006-06-04 23:19

日帰りで

連休もあと二日。あまりにも天気が良いので日帰りで奥多摩へ行って来ました。今回は倶楽部の催しではなく個人的ハイキングです。下の書き込みにある、連休をフイにしたメンバー達からは連絡無し。もしかしたら、山へ行く元気も無いほど疲れてしまったのかも(可哀想に)。
今回の行き先は掟破りの御岳山(みたけさん)です。あの観光地の。といっても隣の大岳山には倶楽部で二度ほどの山行があります。二度とも行きか帰りに御岳の参道を通っており、二度とも茶店でビールを呑み、二度とも参道の旅館でお風呂に入っています。ただし、二度ともテント山行で勿論ケーブルカーは使っていません。一度目は奥多摩駅から鋸尾根を通って。確かヘールボップ彗星が飛んでいる年で、夜の真っ暗な登山道を歌を歌いながら山頂目指して登りました。二度目はお盆休みのクソ暑い時期に古里駅から汗ダクの登りでした。しかし、今日は日帰りハイキングだったので行きはケーブルカーを使い楽をしました、はい。
参道から外れて、ロックガーデンという大きな岩が転がっている渓流沿いの道を歩きました。何気なく川を覗き込むと小魚が群れていました。よくよく観ると胴体にはヤマメ独特の斑紋が。奥多摩の渓流で魚影を観たのは本当に久しぶりの事でした。
この季節の一番の魅力は何といっても新緑の美しさです。木漏れ日の中を歩いていると本当に幸せな気分になりますね。
お約束通り、帰り道に参道の茶店でビールを呑み、山葵を買いました。750円のを600円にまけてもらいました。後はちょっと頑張って古里駅まで1時間半の下りを歩きました。
久しぶりのハイキングで疲れました。もし、これが奥秩父テント山行だったら、一体どうなっていたことか(汗)。f0062906_21472926.jpg
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# by shiba_hike | 2006-05-06 21:48

登らず

このゴールデンウィークに一年ぶりの復活を目指していましたが、主要メンバーの二人が仕事で連休をフイにしてしまい、山行はなりませんでした。
実は、ゴールデンウィークこそが我々の最重要登山期間なのです。しかも、行き先は奥秩父と決まっています。秩父連邦の縦走なんて4日か5日あればできてしまうみたいですが、我々はそれを何年もかけて果たしました。最初に登ったのは、雁峠から笠取山、将監峠、三條小屋まで。今年はこの部分、また翌年はこの部分、という具合で、とにかくぶつ切りの山行を重ねるために全縦走には5年ほどかかりました。夏には北アルプスや八ヶ岳にも行きましたが、やはり春合宿は奥秩父です。
今年のゴールデンウィークは逃してしまいましたが、なんとか夏前には緑多い秩父の山を楽しんできたいと思います。
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# by shiba_hike | 2006-05-04 20:19

ご挨拶

我々は、とあるコンピュータソフト開発会社に勤めるサラリーマン。いつからか山遊びの魅力にとりつかれ、気が付いたら発足していた登山愛好会です。登山よりもテント場での酒盛りが好きとか、山よりも下山後の温泉が好きとか、メンバーの好みは色々。
「キリマンジャロでモカを飲もう!」を合い言葉に「木場ハイキング倶楽部」を結成し、近場の山ばかり登ってきました(最多彷徨山域は奥秩父)。
ハワイへ行こうと思ったら、2年続けて伊豆大島へ行ってしまったり、アフリカへ行くつもりがボルネオへ行ってしまったりと、計画性と方向感覚が麻痺気味の中年登山隊です。結成当時は20代の若者も数名いたのですが。。。

隊と言っても、その最盛期は、登山者7人、釣り人3名と、ようやく10名。全員が揃ったことは殆どありませんでしたが、それにも増して退職者や逃亡者や行方不明者が相次ぎ、今や社内に当時のメンバーは4名しか残っておりません。

かくいう当サイトの管理人である私も、ここ数年は別の趣味にのめり込み、山から遠ざかっておりました。ところがこの度、結婚(再婚です)をいたしまして、年末に雪の安達太良山の中腹において、山の神に永遠の愛を誓ってきたのですが、その時のカンジキを通した雪の感触、下山後の温泉の素晴らしさに再会し、ましてや禁煙を決行するに至り、山への想いがフツフツと。

4月の事務所移転にともない、木場ハイキング倶楽部から芝ハイキング倶楽部へと改名し、新たに活動を開始します。
当サイトでは、活動記録や山に関する話を紹介していきたいと思っています。

左上の写真は、数年前に登った4千m峰、ボルネオのキナバル山。
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# by shiba_hike | 2006-02-06 23:59 | プロフィール