excitemusic

(旧)木場ハイキング倶楽部              since1996     
by shiba_hike
ICELANDia
メモ帳
芝ハイキング倶楽部改め芝温泉倶楽部への危機からの脱出を図っています。その割には家内手工業的な活動に終始していますが。。      よし、今年はがんばるぞ!?
カテゴリ
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2006年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧

谷川岳(最終回)

結局、起きたのは4時半。のろのろと朝飯を食べる。ラーメン、パスタ、パン、お粥とそれぞれ勝手だ。昨夜、6時に山を下りると言っていた小屋番の親父が、もう下りますよ!と言ってきた。まだ5時半だぜ。仕方なくトイレを借りに行く。トイレ使用料は一泊で百円。
テントを撤収し、出発。しかし、昨晩決めたとおり山頂を目指さずに土樽へ下りる。

出発して数分。先頭を行く管理人に異変が。
左膝がいかれてる。過去に3回あった。いずれも下山時のアクシデントだ。古傷の痛みはいき
なりやってくる(厳密には筋力の鍛錬不足だと思うが)。2回は南アルプス、1回はキナバル。そういえば、キナバル登頂前夜に麓の山小屋の階段でD作がすっころんで大怪我し、ひとりで下山したっけ。同じくすっころんだS沼は、肉襦袢のおかげで掠り傷ひとつ負わなかった。
今回は、S沼と管理人が大ブレーキとなってしまった。これで、登りを強行していたら大変な事になっていただろう。管理人の判断に拍手!

前回は雷に追い回されてながら、走るような下山だったため、景色に全く記憶がない。鉄砲水で高巻きした小さな沢を幾つも渡ったが、足止めをくらった「東俣沢出会い」にはなかなかたどり着かない。途中、後ろを振り返ると登山日和の山並みが見えた。悔しいな。
f0062906_22334772.jpg

予想の倍程の道のりを歩き、ようやく東俣沢に出る。この沢では土石流に足止めされ、水が引くまで2時間待たされた記憶だけが鮮明に残っている。でも、本日の沢は実に気持ちの良い、美味しい水が流れる最上の沢だ。
ここで、いきなりD作がズボンを脱いで洗濯を始めた。こんな大休憩は予定にない。全く勝手な男だ。仕方ないのでTシャツの洗濯もさせることにした。
f0062906_22341231.jpg

そろそろ広葉樹林帯になったので、例のカップとカラビナで作った熊鈴を鳴らしながら歩く。しかし、皆は昨日のパニックなんてすっかりどこかに行ってしまっている。
下山路をいい加減歩くと工事中の砂防ダムに出た。休憩所らしき所に清水が湧いていた。
「清水トンネルの湧き水」とある。駅でよく売っている大清水(谷川岳の名水)のまさにオリジナル。土樽駅での酒盛りに備えて汲んでいく。酒は行動力の源だ。
f0062906_22494849.jpg

道は舗装路に変わるが延々1時間も続き、ようやく土樽駅に到着。2時の越後湯沢行きまで2時間。駅前に荷を降ろし、日向にテントを干し、残った焼酎と泡盛で軽く乾杯。
f0062906_22342910.jpg

f0062906_22363097.jpg

軽くとは言いながら酒は1リットル残っていました。しかし、汗をかいた体は、水分という水分を瞬時に吸収し、あっという間に発散していく。毎度のことながら、この下山直後のけだるい時間がとても美味しい。
駅の目の前は高速道路でうるさいが、低山の呑気な眺めが最高。こんな景色は一日中眺めていたい。一日だけね。
f0062906_22345748.jpg

上越線の下りに乗り、越後湯沢へ。湯沢駅構内の温泉で汗を流し、名物へぎ蕎麦を食べに。
蕎麦屋は観光客で混んでいた。天ぷら、ナメコおろし、板わさを肴に酒を呑み、最後は蕎麦を。へぎ蕎麦とは、つなぎに布海苔を使った蕎麦だ。普通の蕎麦よりもシコシコしている。
f0062906_2311179.jpg

f0062906_22352788.jpg

帰りの新幹線車中でT石が、もう谷川岳は一生登れない気がしてきた、と言った。しかし、管理人は来年の夏も来ようと思う。登りも下りもロープウェイを使うのだが。
f0062906_22365572.jpg

お疲れさまでした。山頂は踏めなかったけれど、アクシデントの多い登山は記憶に残ります。キナバルのD作のように(笑)。
[PR]
by shiba_hike | 2006-08-29 22:37

谷川岳(2)

熊との遭遇で死ぬほど走ったものだから体力の消耗も激しい。しかし、この尾根を登りきれば白樺避難小屋という小さな小屋にたどり着く。もっとも消耗の激しいS沼を置き去りにするには丁度いい物件だ。だが、本人に拒否された。
f0062906_15571254.jpg

ここから登山地図のコースタイムでは蓬峠まで1時間20分。途中の水場まで出れば後は見えたも同然だ。しかし、道が消えた。いや、消えたのではなく、踏み後の上にクマザサが覆い被さり、予想外の藪漕ぎとなった。あまりにも酷い藪なので不安になるが、良く見れば踏み後はあるし、道は上へ向かっている。こういった場合、下へ向かっているのでなければ少しは安心だ。
f0062906_15582234.jpg

突然、視界が広がり、最初の水場である沢に出た。最終の水場は小さすぎて手前へ戻って水汲みした記憶があったため、この水場で汲んでしまう。しかし、記憶の中のとはまるで光景が違う。岩の上には草や泥がへばりついており、つい最近鉄砲水か雪崩か何かがあったような様子だ。しかし、水は澄んでいるので安心。10リットルの水を汲む。
次の水場の手前ではS沼が足を滑らせ沢に滑落するところを後ろにいたT石がザックを掴んで引っ張り上げるという大業を見せた。ま、落ちても2mくらいなので、落ちた方がネタになって良かったような気もする。何故に落ちなかったか。

この先は峠までカヤトの原の気持ち良い道が続く筈であったが、ガレ場や藪漕の連続となってしまった。次の沢には、まだ雪が残っており、冷たい雪解け水だ。手を浸すと凍りつきそうなほど低温。水割り用にと水筒に汲む。
18時半。辺りは突然暗くなり初め、斜面の下方からガスが上がってきたところで、ようやく稜線に辿り着いた。

稜線は霧の中。風も強い。まずは蓬ヒュッテの厳ついオヤジに仁義(テント場の申し込みとビール購入)を切りに。
f0062906_15585940.jpg

テントは空いている場所をお好きに、ビールは売り切れ、日本酒ならあります。日本酒、本当にいらないですか?さすが新潟県人だ。
小屋番オヤジの言うことには、去年の大雨で沢が荒れたり(鉄砲水や土石流)、道が崩れたりで、道の手入れも出来ずに1年も放ってあるらしい。登山道ってのは地元の方々の管理あってのものなんだなぁ。
テント場には、すでに5張りほどの先客がいたが、3分の1も埋まっていない。我々の隣の1張り以外は全て学生のようだ。
シェラデザインの4人用テントを張るのも5年ぶりということ。T石・管理人の二人の山行が続いたここ数回は、二人用テントを使っていた。倶楽部の装備としては、4人用の他に6人用(山岳テントではない)がある。6人用は現在休部中の男がファミリーキャンプに使用している。
f0062906_1602632.jpg

風と濃霧の中でテントを設営し、さっそくミーティング(酒盛り)を始める。
S沼の足はボロボロに疲れ切っており、2度目の挑戦(というほどの物では、、)を諦めた。前回は悪天のために断念し、今回はブランクに泣かされた(というほどの物でも、、)。で、速やかにミーティングは終了した。
残雪の水場で汲んだ冷水でD作お得意の「すだち酎」を割って乾杯。ビールが無い時はこれに限る。あっというまに飲み干す。次はS沼持参の泡盛古酒。これは度数が高い。偉い!すだち酎は美味いけど度数が20度と低いので偉くない。
f0062906_15593564.jpg

酒を飲んでいるから、よくトイレ(草むらで立ちション)へ行く。外はいつしか濃霧になっていた。ヘッドライトを点灯しても殆ど何も見えない。ミルクのような霧の中、という表現を読んだことがあるが、まさにこの事。

「なんだかわかんないけどオレは大変な目にあったみたいだ!」トイレに行ったD作が何やらわめきながら帰ってきた。ヘッドライトで姿を照らすと顔からTシャツからズボンまで泥だらけ。しかも臭い!「泥沼にはまったみたいだ」じゃあない。「ドブにはまった」でしょ。なんで稜線のテント場にドブ(1m四方くらい)があるのか。しかもそのドブは我々のテントから20mも離れているのだ。何故にそんなに遠くまで用足しに行く必要があるのか。夜なのだ、テントを一歩出ればそこは巨大なトイレではないか。
[本人の希望により、証拠写真は削除しました]
S沼が貴重な水2.5リットルを犠牲にしてD作の全身洗濯を始めた。「寒いよ~」T石と私は涙を流して笑った。悪いが、笑いが止まらない。しかし、D作が履いていったのは私のサンダルだ。テメ!

疲れと酒と笑いで22時轟沈。珍しくというか初めて夕飯を食わずに寝てしまった。いつもなら、平気で2食分を平らげるというのに。山小屋のオヤジが明朝は6時に山を下りてしまうというので4時起きだ。しかし、風が異常に強くてテント全体がバタバタいっている。おまけに3人の鼾合戦がうるさくてかなわない。おそらく3時間ほどの熟睡のあとは明け方まで浅い眠りだった。

続く。
[PR]
by shiba_hike | 2006-08-19 16:11

2006谷川岳(1)

今回のメンバーでの山行は5年ぶりか。ボルネオのキナバル登山と同じ4人組だ。T石、D作、S沼、管理人の超凸凹カルテット。
約5年前に違うメンバーで雷のためエスケープした谷川岳。今回も前回と、まるきり同じコース(一つ下の日記「山行計画」を参照)だ。

8月14日。越後湯沢まで新幹線。そこから上越線で土合まで戻る。無人駅の土合駅前には土合ハウスという山小屋らしきものが1軒あるのみ。
f0062906_22531753.jpg


1時間半ほど湯桧曽川沿いに歩いて行き、JR見張小屋に到着。
f0062906_22543099.jpg


ここで既に最年少、最重量のS沼に異変が。息は荒く、足がもたつく。5年ぶりの登山で1泊の装備はきつかったか。それとも15kgも太ってしまったのが原因か?
休憩をしていると年輩のオジサンが追いついてきた。気が付くと我々のパーティーに割り込み、4番手あたりを歩いている。休憩の時も我々と一緒に休むが、話しをするでもない。見ている地図も観光地図の様な物で、コースが心配なのか。5年ぶりのメンバーでの山行にあまり他人に割り込んで欲しくない。だいたい、このオジサンに何かあったら必然的に我々が手を貸さなければならない。偶然なら仕方がないけど。
f0062906_22554418.jpg


5年前にくらべ、道がひどく荒れている。しかも、途中には登山禁止の看板が。登山道に転がっていたので無視して進む。それにしてもガレ場もあり、酷い変わり様だ。幾つかの沢を渡るが、どうも思い出せない光景ばかりだ。
武能沢を渡って登った尾根で、鳥の異常な鳴き声。左の谷川斜面に何かの気配を感じた。熊か?ネットで明神平に熊出没の情報を得ていたので気になる。被っていた帽子を脱いでパンパンと音を出しながら進んだが、じきにその気配も消えた。気の廻しすぎだったか。しかし、装備の中に熊鈴が無かったのは痛い。中学生の時、丹沢の鍋割小屋で買った物だが、道具箱の中になかったのだ。

きつい登りの連続でS沼がバテバテになったので、ザックを降ろして大休憩。オジサンには先に行って貰う。
登山地図で現在地を確認。コースタイムでは、あと2時間くらい。行程の3分の2は来ている。S沼はへばってしゃがみ込んでいるが、戻るに戻れない地点だ。

谷側斜面の藪がざわついた気配がしたので地図から目を逸らすと、12~3m下のクマザサの中に黒い生き物を発見。熊!月の輪熊!
「おい、熊だ!」誰もが私の悪い冗談だと思ったのか、反応が遅い。私の指さす方を見て全員が確認をした。日頃の冗談癖がこういう時にマイナス方向に作用する。いわゆる、オオカミ少年あとの祭現象だ。
真っ黒い短い毛が密生していることから一目で熊と判る。何かを食べているのか、動作は鈍い。しかし、確実にこちらには気が付いている(と思う)。
「何でもいいから、でかい声を出せ!手を叩け!」これが正しい方法かどうか判らないが、とにかく数を頼んで大騒ぎの威嚇をする。
しかし、これは正しい方法ではなかった!熊は、一挙に7mくらいまで距離を詰めてきた。
「駄目だ、逃げろ~」この時ばかりは全員の行動が一致した。登山道を必死で駆け上った。下っていく奴は誰もいなかった。全力疾走は、200mなのか300mなのか。熊が追ってくる気配が無いのを確かめてようやく止まった。この勢いで行けば、30分後には小屋に着いたであろう。管理人は、ザックのベルトにくくりつけていた腕時計を紛失したことに気が付いた。20年前に2万円で買った米国製200m防水自動巻時計だ。が、拾いに行く気は全くなかった。
f0062906_22571728.jpg


この後、きつい尾根を30分ほど登った。右の方に目をやると、大きな谷を挟んだ遙か後方の山の大きな沢には、大量の残雪が白く光る雪渓となっており、下部には雪のブリッジが崩れかけているのが見える。上信越の雪は多いと言うが、この冬の雪の多さが判る眺めだ。

f0062906_22594154.jpg

シェラカップとカラビナで作った即席の熊鈴をガラガラいわせて登った。これを鳴らしていると結構安心だ。T石は携帯電話をラジオ替わりに鳴らしてS沼のサポートをしながら登った。

紙面というかメモリーの都合上、第1話はここまで。この後は続編をお待ちいただきたい。

f0062906_164184.jpg

これは、よく似たツキノワグマ。
[PR]
by shiba_hike | 2006-08-14 16:59